和歌山地方裁判所 昭和24年(行)3号 判決 1949年8月08日
原告
卜部甚次郞
被告
和歌山県知事
主文
原告の請求は之を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
請求の趣旨
被告が原告に対し爲した左記換地予定地指定、即ち「土地所有者米本忠夫借地権者卜部甚次郞從前の土地和歌山市雜賀町二番地の二宅地三十五坪七合五勺換地予定地町名街区番号二十二の内借地分として二十三坪二合五勺但し其の位置は別紙図面中卜の文字で示した部分」中換地予定地を前記図面中杢の文字で表示したところの部分に変更する、訴訟費用は被告の負担とする、との判決を求めた。
事実
その請求原因として陳述した事実を整理要約すれば次のとおりである。
第一、被告は都市計画事業の執行者として、昭和二十三年九月十五日原告に対し右請求趣旨に掲げたような換地予定指定の通知書並びに右予定地の使用開始期日を同年八月二十日と定めた旨の通知書を交付した。
第二、然しながら、右指定処分には左に記すような違法がある。
(一) 前記雜賀町二番地の二宅地三十五坪七合五勺は、訴外米本忠夫の所有であつて、原告は昭和二十一年四月これを同人から賃借し直にここに家屋を建築して居住しぶらくり丁通に面して眼鏡商を営んで今日に至つているものである。
(二) 右宅地及び附近一帯はさきに特別都市計画法による土地区画整理地区と決定せられ、右宅地はその西部大部分が南北に走つて新設される大幹線道路の敷地とせられ東部において間口四尺を残すのみとなり、原告はその換地として前記のように右ぶらくり丁通りから八間余り南で右幹線道路に沿うた間口三間奧行七間余の土地を指定されたのである。
(三) 現在原告の店舖は東西に通ずる前記繁華街ぶらくり丁通と新に南北に開設せられつゝある前記幹線道路との交叉する十字街の東南角に位し客足の多いぶらくり丁通に面しており、その東にはぶらくり丁通に面して順次訴外杢・金岩及び山田の各店舖があり、原告の換地がこの繁華街から八間余も南に入つた脇道に指定され営業上甚大な財産的損害が予想せられるに拘らず、右三名の換地はほぼ現在のままの位置に指定せられたのみならず、原告宅地の残存部分である前記四尺の間口をも分与せられ、繁華街において営業上最も重要な間口まで拡げているのである。しかも右杢はいながらにして原告に代り完成すべき幹線道路と繁華街との街角を獲得し、また山田は原告と同じく米本忠夫の借地人に過ぎないのにこれまた従前通り繁華街に居据つており、金岩に至つては換地指定を受ける権利なくして従前の絶好の場所に指定を受けたのである。
(四) これより先、被告は昭和二十二年十一月区画整理関係者を招いて換地指定の基本方針を説明し順送りの方法により換地の指定をすると述べたが、区画整理委員会も亦この趣旨に則り原告の換地を右十字街角に設ける旨内示していたに拘らず被告の指定は意外にも前記のように原告に不利益なものとなつて現れたのである。
(五) そもそも換地指定については、都市計画法第十二條第二項により耕地整理法第三十條第一項が準用せられるのであつてこれによれば、「換地ハ従前ノ土地ノ地目面積等位等ヲ標準トシテ之ヲ交付スヘシ」とあつて「地目等位」のほか諸般の事情を愼重に考慮することが要請せられているに拘らず、以上のような関係において街角に位置し最も古くより営業を営んで来た原告を繁華な街角から客足の少い場所に追うような換地の指定は到底右法條の要請する所に従つたものとはいえない。
(六) よつてここに直接本訴に及んだ次第であるが、訴願手続を経なかつたのは関係法規に異議訴願等の道が開かれていないからである。
というのであつて、なお本件土地の附近一帯についての換地の指定処分は異議訴願訴訟等のことなくして確定していると附陳し立証として本件現場の検証並に証人垂井徹純、岡畑幾之助、朝日元次郞の訊問を求めた。
被告指定代理人は請求棄却の判決を求め、答弁として、原告主張の前記第一及び第二の(一)(二)の事実並に訴外杢が区画整理後の本件街角に、訴外金岩及び山田が順次その東側にぶらくり丁通りに面して換地の指定を受けた事実はこれを認めるがそのほかの事実はこれを否認すると述べた。
理由
原告がぶらくり丁通に面して店舖を構え眼鏡商を営んで來たことその敷地は米本忠夫より賃借したものであること、被告が昭和二十三年九月十五日原告に対しその主張のような換地指定処分の通知書を交付したこと及び右処分は換地としてぶらくり丁通から八間余南に廻つた幹線道路沿いの土地を與えようとするものであることは本件当事者間に爭がない。原告は右指定は繁華街から客足の少い土地に追いやるものであつて原告の営業を困難ならしめるのみならず原告に東隣せる三営業者に從前通り繁華街に面する換地を與えたのに比べると公平を失し都市計画において準用すべき耕地整理法第三十條第一項に違反すると主張するから、この点について考えてみるに、現地檢証の結果並に証人垂井徹純・岡畑幾之助及び朝日元次郞の証言を綜合すれば、右ぶらくり丁通りは電車停留所から興行地域に通ずる東西の繁華な商店街であること、原告はこの通りの南側の通に面して本件店舖を構えていること、その敷地のうち東側間口四尺を残してその西側にこの通と直角に交叉する幅員約三十米の幹線道路が遠く北から南に走つて新設せられ今や未立退の家屋若干を残して殆んど完成に近くこれに沿うて既に幾多の家屋が建築せられて居ること、右道路完成の上はこれに沿うてやがて家屋櫛比すべく高速度交通機関のみならず歩行者も增加すべきも現在は未だ左程の交通量なきこと、從つて現在原告が右換地に移轉すれば当面その営業上幾何かの不利は免るべくもないけれども、ぶらくり丁通りから僅かに八間余にすぎずまた將來交通量の增大すべき幹線道路に面しており、且つ換地の前にバスの停留所の新設も予想せられるから、その営業の種目に鑑み、原告のしにせと信用を以てすれば從前の営業成績をあげることは決して困難でないのみか、むしろ却つて好都合であることを窺うことができる。而して、原告店舖の東側の三店舖がほぼ從來の個所にぶらくり丁通りに面して換地を指定され殊に東隣の訴外杢某の換地が原告に代つて前記幹線道路にも面する街角となつて地の利を得たことは被告の認める所であるけれども、もともと原告店舖の西側には南に通ずる街路はなかつたものであつて、その西数軒を隔てた地点に南に通ずる路次があつたに過ぎないことは証人朝日元次郞の証言によつてこれを窺うことができる。
右幹線道路の工事(ぶらくり丁以北即ち元寺町は拡張工事、以南は新設工事)の開始に伴い未立退の原告店舖が街角に残り原告において換地としても街角を占め得るような期待を持つに至つたかも知れないけれども、右の事態は幹線道路開設を前提としたものであつて、右開設のためには原告の占拠する宅地を独立して使用の價値少き東部間口四尺を残して全部收用しなければならぬことは既定の事実である。
そもそも区画整理後に與うべき換地の割当は原告主張の通り愼重に行うべきは言うをまたない。既に家屋の建築せられている土地はそのままその者に割当てるのが望ましいこと勿論である。然しながら、原告使用の宅地は幹線道路として使用せねばならない絶対的要請があり、残つた間口四尺だけでは使用價値が少い。これを東隣の訴外杢等に割当てることは正当であるといわねばならない。原告使用の本件宅地の西隣にしてもと前記路次の街角若しくは元寺町通りの突き当りの要衡に位していた田中某等の土地の換地が原告の換地よりも更にぶらくり丁通りから遠い個所に指定されていることは前記証人朝日元次郞の証言によつても明であつて、これに比すれば原告の換地は遙に有利であるとせねばなるまい。
原告は耕地整理法第三十條第一項を援用して本件換地指定が違法であると主張するけれども、同項には更に但書があつて、「但シ地目面積等位等ヲ以テ相殺ヲ爲スコト能ハサル部分に関シテハ金銭ヲ以テ之ヲ淸算スヘシ」と規定しているのであつて、事物の性質上各人をしてその望む換地を與え得ないのは当然とゆうべく、この事は本件区画整理の如く施行地の相当部分を道路公園等公共の用に保留し旧権利者に旧面積より遙に少い換地を與える場合には特にさうであつて、本件換地指定は愼重なる考慮の下に爲されていること前認定の如くであるのみならず、仮にさうでないとしても右但書によつて妥当に処置出來る程度のものである。
原告は別に、被告が換地指定の基本方針として順送りの方針を説明し、また区画整理委員会も亦この方針に則り原告の換地を本件街角に與える旨内示したと主張するけれども、被告が順送りの方針を説明したことはこれを証すべきものがないのみならず、右の如きは本件換地指定の効力に影響を及ぼすべきものではない。また区画整理委員会において原告主張のような案が二度目に考慮されたことは証人岡畑幾之助及び朝日元次郞の証言によつてこれを窺うことができるが、それには直接の利害関係者である訴外杢某金岩某等の承諾を條件としたものであるところ、その承諾を得ることができないため右の案は立消えとなり、結局第一審より多少原告の要望に沿うような第三案が確定案として成立し、これに基いて本件換地指定処分をなされたことも亦右証言によつて明である。
從つて、これらの点に関する原告の主張は採用する訳にはゆかない。
よつて、原告の請求は失当としてこれを棄却し、訴訟費用について民事訴訟法第八十九條第九十五條を適用して主文のように判決する。